2026年3月5日木曜日

2026/2/22(日) 赤坂

3月のライブにエントリーもして、ネタの候補も揃ってきたので練習するために集合した。

ミッドタウンで昼食


ミッドタウンの鶏肉は柔らかい


最近街で見た芸能人の話。


レンタルスペースへ移動。位置的に良い場所だった。

2月上旬に集合の仮日程を入れていたのだが、前日までバラすのを忘れていて迷惑をかけていたので詫びの品物を渡す。


作ってきたアジェンダを一通り話して早速ネタの選定。「自分は書いたから相手に選んでもらおう」というマインドが自らの精神衛生上良くないということが去年一年間で身にしみたので、はじめから自分で選ぶつもりで4本の漫才を読み合わせ、やりやすさとリアクションからどれにするかを決定。


今回読み合わせたのは下記の4本

・カーテン

・トロフィー屋

・乗換案内アプリ

・じゃんけん

いずれも去年末に得た「有力な情報」を活かすためのもの。うまくいくといい。


「乗換案内アプリ」にしぼり練習をする。やはり途中、ああでもないこうでもないとダレる部分があった。常に新しい方式を試しているのでこうなってしまうのも仕方がない気がする。ウケなさそうなところを削るために構成をどこまで崩すかという話だった。「ネタ時間を短くする」と「ウケないところをなくす」を同時にクリアしようとしていたのが悪手だと気づいた。その2つは別の問題として処理すべきだ。これは今後にも活かすべき気づきだ。

結局、この1本の練習に最後まで時間を費やし、なおかつ1時間延長した。アジェンダには他に話し合うべき内容があったし、他のやりたいことも書いていたのだが、「今日は最低限これ一本ができればいいや」と思ってしまい、それで時間を使いすぎてしまったかもしれない。「次の次のネタ」くらいは常に考えるようにしておきたい。というのは去年も思っていたことなのだが忘れてしまっていた。


途中、「夏の日の1993」が1993年に出たのは感覚的におかしいという話に何故かなった。あれは録っておくべきだったかも。

2026年1月29日木曜日

2026/1/24(土) 横浜市立金沢動物園

この日は全員の予定が空いていたが、まだネタができていないということで、先週提案したYouTubeの撮影で動物園へ。

YouTubeは「できる範囲で」とか言ってたのに、張り切って申し訳ないと思いつつ。


後半はなんか疲れていたのか普通の会話しかしてなかった。編集で全部切るかも。


Fig.1 動物園の象

動物園を見たあと、少し話し合うために上大岡へ移動しカラオケに入る。

現在作っているネタは「カーテン」「トロフィー屋」の漫才2本

「カーテン」は方向性が定まらず、ただ、この先の作り方によってはこれまで我々がやったことのないような大化けする可能性のあるネタ。「トロフィー屋」はある程度実績のあるパターンの発展系。ひろのさんにそれぞれ高校生ドラフト指名選手、社会人ドラフト指名選手と例えてもらった。


帰ってTwitterを見たら、社会人バトルライブ藤四郎が終わるという話だった。

我々が去年から継続して一番下のライブから一勝して昇格することを目標にしている、今「最も手前にある成功」としてのライブ。

こんなものは「仕方がない」でしかないので、何か好転するお告げだと思って新しい目標を探さないといけない。

ただ、こういう時に悲観的な気持ちが先行する。

前回の日記にも書いたが、前向きになれない理由が、「自分の気持ちを捨てるのがもったいない」と感じるからだと少しわかった。あーだこーだと思ったのを、「まあ、いいことあるさ」「そんなことはちっぽけさ」と切り替えるのに抵抗があるのは、ネガティブとかいうことではなく損得勘定からくるものである。


藤四郎終了という知らせに対して、「お疲れ様です」という感謝の意味も込めてTwitterでなにかしら言及しようと思ったが、正直、「どうすればいいのか」という感じだ。

だからと言って「どうすればいいのか」と書いても仕方がない、我々は何も貢献してないし、言われた側も「お前らがつまらないのが悪いんだろ、勝手にこっちを悪者にするな」という話でしかない。

かといって「最高でした、ありがとうございました」とも言えない。


「カーテン」の方向性をどうするか、次の日も悩む

漫才としての定石がなさすぎて、選択肢が多すぎる、3人いるから処理しないといけない矢印が多い、同時に喋るのは2人だから、コントと違って1人が黙ることに理由づけがいる。話し合ったときは「楽しみだ」という感想で終わったが、「無理でした」というアウトプットになるかもしれない。


純粋に面白いものを追求できなくなっている気がする。

モチベーションが上がらない理由として、自分の近場に純粋におもしろいと感じられるものが少ない気がしている。

自分がアウトプットできるようなレベルの成果物は、アマチュアがネットで発表するおもしろや大喜利だと思うが、ここ最近のそれらは「食い尽くされたアイデアの周縁であまりもので遊んでる人が多い」という印象が感じられる。食い入るようにワクワクするようなものがあまりない。食い入るようにワクワクするようなものをしたい。そして自分の腐敗したアンテナも修正したい。

2026年1月22日木曜日

2026/1/17(土) リモート打ち合わせ

 1/3の打ち合わせでは、直近のアクションプランとして「次にエントリーできるライブは3月。逆算して1月にネタ作り、2月に練習」ということになった。

まだネタはできていないが、時間が取れたのでリモートでネタ合わせ。


去年やっていた週次の打ち合わせができなくなったが、週次打ち合わせには一定の効果があったとのことだったので、空いた時間を見つけて不定期で打ち合わせをやっていくことにする。


話した内容は、現段階でのネタの進捗状況と、1/3の打ち合わせを踏まえて思ったこと、YouTubeとTwitterについて。


1/3の「神社に寄進をして鳥居にインザロイドの名前が入ったらおもしろいのではないか」という話の続き。

どこかのお店に開店祝い花を送る、ネーミングライツを取得する、ボートレースのレース名に協賛する、スポーツ団体に広告を出す、などの案が出た。


前回の打ち合わせを踏まえて思ったこととして、ぎょんの客観的な自己像への拒絶が、ネタ作りに支障を与えるのではないかという話をした。

「こちらが提示するキャラも拒絶するし、自分発信の理想像もない」というのは困る、という話をした。ぎょんはネタとしてのキャラクターならOKとしつつ、本題の拒絶自体には答えが出ていないということだった。話していくうちに「2対1の構図で置いてかれるのが嫌だ」ということがわかってきた。それに対して「私も2対1の1になることも置いていかれることもある」「3人いたら基本2対1の構図になる」ということを話し、ぎょんの被害妄想であることをわかってもらった。ひろのさんが2対1の1になり、わたしと対立構図の対話をするシーンも例示した。

他にも前回の打ち合わせを踏まえて思ったこととして、ぎょんの「今楽しい状態」の実現へ向けてなにか行動すべきではないか、という提案をしたところ、ぎょんは人生全体の楽しみが見つけられていないとのことだった。私はてっきり、ぎょんは競馬やゲームなど趣味が充実していると思っていたので意外だった。どれも「自分が一番詳しくない」ということで好きになれないのだという。自分の人生の楽しみを外部の価値観で固定化するのは良くないと諭しつつ、人生全体の楽しみと、インザロイドという活動で実現できそうな楽しみについても今後探していくということで話をした。


ひろのさんは「建設的な議論ができた」と言っていたが、私も全くそうだと思う。

ぎょんが心変わりして元通りにならないことを祈る。


こんなこと、人格の核となる部分なのでそう簡単に変容するものではないとわかっているが、チームとしてはどこかで話しておかないといけないことのような気もする。ママタルトも一時期、コンビ間で長時間の電話をしていたようなことをラジオで言っていて、前後関係から、個々人の性格についての話し合いだったようなことを匂わされていた記憶がある。話しておくことはいいことだと思いたい。


YouTubeもTwitterも、前向きに進めていくということで進展があり、議題に出して良かったと思う。


この日の打ち合わせとは別に思ったこととして、去年一年間負けまくったせいで、「負けて悔いなし」という精神性が少し身についたかもしれない。文化系で育った私に欠落している「普通の人間」の人生を送るために必要なスポーツマンの基本の精神性の一つ。

それは、カナメストーンのM-1のラストイヤーの挑戦を追いかけ続けたからというのも作用しているかもしれない。

「負けたら全てくそったれ」ではないし、「負けても得るものがあった」は負け惜しみではないし、ずっと意味がわからなかった「反省しても意味がない」の意味がわかり始めたような気がする。

2026年1月19日月曜日

2026/1/3(土) 錦糸町

錦糸町のレンタルスペースへ

駅ビルの五右衛門で昼食




まさか三が日に会うことになるとは。


活動休止中だが、去年一年間の振り返りを行い2026年のインザロイドの活動をどうするか話し合うことに。

一年間の振り返りスライドを作成したので見てもらった。

振り返り内容は、1年間のライブの戦績、各月ごとに起こったこと、私からインザロイドに対しての不満点など。

それぞれの一年の所感としては、ひろのさんは「結果は出てないけどトライアンドエラーをしてステップアップしてる一年だった」「ネタに対してどれだけ口を出すかについては、『ロビー』については結構我を通したし、基本的には言ってるつもり。」とのことだった。ぎょんは「ネタ合わせがうまくいっていないと思っている。ネタの口出しは遠慮している部分がある」「今のネタをめっちゃ良いとは思えていない」「2024年の目標だった『中MCで呼ばれる』ということに不満を感じているのはいいステップアップの裏返しではないかと思う」とのことだった。


一通り振り返りを話して、2026年の活動計画を立てた。

有力な情報も手に入れたのでその共有も行った。

去年は空気が悪かったので、今年は前向きに過ごしたい。


活動計画をざっくりと紹介すると以下の通り

 ・出るライブのペースは2025年と同程度

 ・ネタを動画として残すためにYouTubeを始める

 ・2025年の目標を「竹」として松竹梅3段階の目標の達成を目指す

 ・プロセスとしてネタの候補を絞る、ネタの重点をわかりやすくする


錦糸町のファミレスで夕食を取る。

活動計画で「松」目標(すべてが良い方に転がった結果1年間でたどり着ける最高点)の話ができたのが前向きで良かったので、みんなの「今後のインザロイドがどうなっていったら嬉しいか」を聞いた。

ぎょんが「M-1で優勝」と言っていて、意図が伝わっていないのと、本心だとしたら行動が伴っていないことに腹が立って深堀りしたところ、ぎょんには目標はないらしく、「今が楽しければ一番」という事になった。


せっかくなので、振り返りスライドに記載した去年の戦績を転記します。

舞台数:11回

 みんなのペチカ:7回

  1/19位、16/16位、9/19位、1/19位、10/19位、5/17位、3/18位

 藤四郎:2回

  13/16位、(順位不明)

 M-1グランプリ:1回

  敗退

 キングオブコント:1回

  敗退

動画審査提出数:4回

 UNDER5AWARD :ロビー(レンタルスペース収録)

  落選

 社会人コント王:ロビー(1回目)

  落選 (42/158位)

 全日本アマチュアお笑いNo.1決定戦:むせ料理

  落選

 社会人漫才王:湯桶読み

  落選 (73/248位)


このブログはもともとネタ合わせの様子などをおもしろおかしく書くつもりでしたが、すっかり読むに耐えうるものではなくなっています。

愉快な内容にしたいと思いつつ、不愉快なことしか思いつかなくなっていてそれならやめてよいかと思っていましたが、この日一年の振り返りのスライドを作るときにこのブログが役立ったので、見世物ではなく備忘録として今後は記載します。

2025/11/2(日) 0勝

藤四郎

高円寺に集合。

ぎょんは5分遅刻。


高円寺にはレンタルスペースが少なく、久しぶりのカラオケボックスへ。


ちょうどいい旬な歌が思い浮かばず、少し遅いが「若者のすべて」を歌唱。


カラオケとレンタルスペースの異なるところは、カラオケは場当たりに行くための全員退出ができないということ。

カラオケの食い逃げ、「歌い逃げ」だと思われてしまう

ひろのさんを置いて場当たりへ

高円寺ジュンジョーへは、「夜さり」を見に一度行ったことがある。

机の位置を確認してカラオケボックスへ戻る。

スタッフさんとも話す。ぎょんが仲良くなってくれて嬉しい。ぎょんの広まり方はこういう感じが理想だ。わたしはぎょんがみんなに愛されているところを見たい。

練習をして着替えて、荷物を全て持って会計。


ネタはよくウケた。


ひろのさんがカラオケボックスに靴下を忘れたことを気づく。

カラオケボックスに行くと「捨てました」と宣告。

バイトなんで、しょうがない。


昼食に迷い、高円寺をウロウロしてパスタ屋へ。





レンタルスペースを予約する。

今回のライブで勝ち上がると、2ヶ月後に上位のライブに出ることになる。そのときのために、3分の新ネタを練習。

今までやっていないコント3本(爆弾処理班、好きな芸人いるの?、無人販売所)を一通りやってみて、投票して、無人販売所を3分に縮めるために練習。

3分にはならなかったものの、とりあえず動画を収録。


解散し、その夜ライブの結果を見たら落ちていた。

意味がわからない。

今年最後のバトルライブ。今年最後の勝負。今までで一番納得感のあるネタをやった。前回の反省点から修正したところがちゃんとウケるようになった。でも落ちた。今年の目標である「1勝」に手がかかりそうになったところで落ちた。どれくらい惜しかったのかもわからない。今年は0勝。これが実力。

2025年10月12日日曜日

2025/10/5(日) 失くした1000円とお休み提案

みんなのペチカvol.165・1部に出演。

下北沢へ集合。荷物を置くために会場よりも先にレンタルスペースへ。

ひろのさんは、いつもは会場でぎょんに渡すエントリーフィーの1000円をレンタルスペースで先に渡したので私もその場で1000円を渡す。

会場についたらぎょんがレンタルスペースから会場までの道中で1000円札を1枚落としていることに気づく。

集合後に来た道を戻りながら1000円札を探すが見つからなかった。ぎょんに300円ずつ渡す。(人生ゲームのマスですか?)


出番前に練習。

直前のリモート練習でもそうだったが、私が必ずどこかで一度次の台詞が思い出せなくなる。

前回の「職業病」は自身で考えた台詞から変えたので台詞覚えが悪いのはわかるが、今回はその理由は当てはまらなかった。

自己分析してみると、「どっちの台詞が先だっけ?」となったときに頭の中で詰まって結果としてどっちの台詞も出てこないという感覚があった。老化かもしれない。


着替えて出番へ。

1年前は漫才が泣かず飛ばずで困っていたがそれに比べればウケるようになってきた。

しかし、3人目の使い方を変えないといけないことは前回決定していることで、今回はその変更が間に合っていないので、そのことが心に引っかかる。

今回は3人目の使い方のギミックもウケたが、このやり方と別れを告げないといけないことが悲しくもあった。


中MCでにょぼりげさんに呼んでもらえた。

全員を舞台上に上げてもらい、その上で真ん中に呼び込んでもらって話した。

前回の経験から、中MCは広野さんに任せてよいという安心感があった。

その分心に余裕ができたのか、「なにか告知ありますか?」に「彼がエントリーフィーの1000円を落としました」と答えられた。前のコンビの会話の流れをくんで、がまの助さんに「彼を洗脳する方法を教えて下さい」と返す事もできた。

ミネさんは「前にも出てたっけ?」と言ってもらえたし、舞台上のにょぼりげさんにはお笑いへの愛からくる優しさとみんなをウケさせてくれるエネルギーが感じられて幸福だった。


昼食へ。


漫才がうまくいったおかげかひろのさんが王将をチョイス

レンタルスペースへ戻り、次回の11月の藤四郎に向けたネタの練習。

前回の動画を見返し、ウケていなかったところを別の台詞に修正。


次の議題は、以前から頭出ししていた、「漫才の作り方を根本的に見直そう」という議題。

ひとまずこれまで書いた3人用漫才の作り方の変遷をまとめたので、それを見ながら意識合わせをする。作り方としての答えは出ないが、ひろのさんの意見としては「ベースとなる二人の掛け合いに、ぎょんの短い発話が合間に入ってきて、それが本線に効果的に効いてくる」というのが理想ではないか、というところに落ち着いた。言うのは簡単だがそんな事ができるのだろうか。取り組んでみるしかない。

三人漫才は「そもそも二人でない時点で漫才ではない」という大きな壁と戦い続けないといけないことはわかった。


もう一つの議題として、今後の予定について。

「私の生活環境が変わりそう」というのと、「私は今年が節目なのに結果が出ていない」というのと、「ここ数ヶ月意思疎通がうまく行っていない」という3つの理由から、「少し休もう」と提案した。

身勝手な理由ながら、特に最後の意思疎通については同意してもらえたのでこの提案については受け入れてもらい、少なくとも今年いっぱいはエントリーしているコンテストの勝ち上がり以外は新たにエントリーしないことになった。

「今、私とあなたは険悪である」ということを互いに言い合えただけで、何も解決していないが心が軽くなった。


帰りにぎょんから「活動していてどんなときが楽しい?」という問い掛けがあった。

険悪であることの解決策を考えるうえで重要な要素のような気がしたので3人で整理した。大まかにまとめると、3人ともネタ合わせが楽しくない。私だけがネタを考えるのが楽しい。ということだった。

ひろのさんから、「我々はもっとネタへの口出しを減らして、候補からのネタのチョイスも任せて、より受け取り手に回ったほうが良いのではないか?」という意見が出た。ネタの候補のチョイスについては、私も険悪の解決とは別の、「ネタ作りでの量質転化の限界」という問題の中で、「私がやりたいネタ以外の候補は見せないというやり方もあるのではないか」と個人的に思い悩んでいたところだったのでちょうどよかった。「合議で作る」ほうが時間がかかるし、受け取り手に回ったほうがネタの修正量が減って練習時間が短くなるとのことだった。


ぎょんが夜に凱旋門賞を見たいということでそれに合わせて17時で解散。

全く競馬に明るくないがAbemaでメインレースを見た。

ぎょんは我々の見ているバラエティのコンテンツを勧めても見ないが、私はぎょんの見るコンテンツを見る。


この日話した「今後の予定」の内容を自分の中で考えるにあたり、もう今年度いっぱいで結果が出なければやめようという方向に思いは傾いていたが、不可抗力で止められるまでは続けてもよいかもしれないと思った。

私は生活がどう変動しようとも、何らかの形で創作をしないといけないとは思っている(変動というのは、逮捕されるとか戦争に巻き込まれるとかのレベルを含む変動です)。それは「自分が才能がない人間だということを晒し続けないと正気が保てない気がする」からだと気付いた。創作の手段のうち、「誰かと作る」方法が選べるうちは、そちらのほうが健全なのでその方法を選んだほうがいい。

2026/2/22(日) 赤坂

3月のライブにエントリーもして、ネタの候補も揃ってきたので練習するために集合した。 ミッドタウンで昼食 ミッドタウンの鶏肉は柔らかい 最近街で見た芸能人の話。 レンタルスペースへ移動。位置的に良い場所だった。 2月上旬に集合の仮日程を入れていたのだが、前日までバラすのを忘れていて...