1/3の打ち合わせでは、直近のアクションプランとして「次にエントリーできるライブは3月。逆算して1月にネタ作り、2月に練習」ということになった。
まだネタはできていないが、時間が取れたのでリモートでネタ合わせ。
去年やっていた週次の打ち合わせができなくなったが、週次打ち合わせには一定の効果があったとのことだったので、空いた時間を見つけて不定期で打ち合わせをやっていくことにする。
話した内容は、現段階でのネタの進捗状況と、1/3の打ち合わせを踏まえて思ったこと、YouTubeとTwitterについて。
1/3の「神社に寄進をして鳥居にインザロイドの名前が入ったらおもしろいのではないか」という話の続き。
どこかのお店に開店祝い花を送る、ネーミングライツを取得する、ボートレースのレース名に協賛する、スポーツ団体に広告を出す、などの案が出た。
前回の打ち合わせを踏まえて思ったこととして、ぎょんの客観的な自己像への拒絶が、ネタ作りに支障を与えるのではないかという話をした。
「こちらが提示するキャラも拒絶するし、自分発信の理想像もない」というのは困る、という話をした。ぎょんはネタとしてのキャラクターならOKとしつつ、本題の拒絶自体には答えが出ていないということだった。話していくうちに「2対1の構図で置いてかれるのが嫌だ」ということがわかってきた。それに対して「私も2対1の1になることも置いていかれることもある」「3人いたら基本2対1の構図になる」ということを話し、ぎょんの被害妄想であることをわかってもらった。ひろのさんが2対1の1になり、わたしと対立構図の対話をするシーンも例示した。
他にも前回の打ち合わせを踏まえて思ったこととして、ぎょんの「今楽しい状態」の実現へ向けてなにか行動すべきではないか、という提案をしたところ、ぎょんは人生全体の楽しみが見つけられていないとのことだった。私はてっきり、ぎょんは競馬やゲームなど趣味が充実していると思っていたので意外だった。どれも「自分が一番詳しくない」ということで好きになれないのだという。自分の人生の楽しみを外部の価値観で固定化するのは良くないと諭しつつ、人生全体の楽しみと、インザロイドという活動で実現できそうな楽しみについても今後探していくということで話をした。
ひろのさんは「建設的な議論ができた」と言っていたが、私も全くそうだと思う。
ぎょんが心変わりして元通りにならないことを祈る。
こんなこと、人格の核となる部分なのでそう簡単に変容するものではないとわかっているが、チームとしてはどこかで話しておかないといけないことのような気もする。ママタルトも一時期、コンビ間で長時間の電話をしていたようなことをラジオで言っていて、前後関係から、個々人の性格についての話し合いだったようなことを匂わされていた記憶がある。話しておくことはいいことだと思いたい。
YouTubeもTwitterも、前向きに進めていくということで進展があり、議題に出して良かったと思う。
この日の打ち合わせとは別に思ったこととして、去年一年間負けまくったせいで、「負けて悔いなし」という精神性が少し身についたかもしれない。文化系で育った私に欠落している「普通の人間」の人生を送るために必要なスポーツマンの基本の精神性の一つ。
それは、カナメストーンのM-1のラストイヤーの挑戦を追いかけ続けたからというのも作用しているかもしれない。
「負けたら全てくそったれ」ではないし、「負けても得るものがあった」は負け惜しみではないし、ずっと意味がわからなかった「反省しても意味がない」の意味がわかり始めたような気がする。
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