みんなのペチカ vol.144 1部へ出演
去年、「内見」で3回同じネタをやり尻すぼみにウケなくなった経験から、同じネタを複数回やることにいいイメージがないインザロイドだが、以前ウケた「ロビー」を実施。
前回の「ロビー」では舞台中央がわからず終始上手寄りで演技していたので、場当たりのタイミングで舞台から見たセンターポジションの見え方を確認。
場当たりを済ませカラオケへ行き、修正点を重点的に練習し本番へ。
中MCでは全員を舞台上へ呼んでいただける回だった。
にょぼりげさんと少しお話できてとても嬉しかった。
昼食へ。今日はひろのさんの提案でタパスではなく、下北沢名物であるカレーの店を探すことに。
有名店の前まで行きそこが並んでいたので、近くで客の呼び込みを行っている店へ
ひろのさんはとても美味しいと言っていた。
セットの中にドリンクもサラダもついてきており、ドリンクの中にはアルコールもある上、サラダはランチのサイドについてくるサラダ史上最大量だった。
下北沢でレンタルルームを探す。いつも行っているタパスの横のビルだった。
十分な広さとホワイトボードに大きなテレビがついてきて満足。
反省会から順番に議論していく。
前回と比較するとウケは少なかった。
しかし、前回ウケたことが支えとなりそこまでのショックではなかった。「おもしろいネタがなにかの間違いでスベることはあっても、おもしろくないネタがなにかの間違いでウケることはない」と述べた。
また、前回ウケたことが支えとなりネタ中に必要以上に慌てることもなかった。前回からの修正点を活かせたし、私の声のボリューム調整という根本的な問題への対処も行えた。
「お客さんがおとなしめだった」という緩やかな結論へ帰結した。
そこからはアジェンダを消化(「アジェンダ」はネタ合わせの時に私が話したいことをまとめたリストのことで、みんなの党の渡辺喜美と私しか使ってない横文字であり、この説明は2度めである)
ぎょんの進路相談について、これについては話が内部的で経緯が長大なので要点を飛ばし飛ばし記載する。
そもそもの結成経緯としてこれまでぎょんを中央に据えようとしていたが、「ぎょんの宿題」の結果、及び最近のぎょんのネタに対するリアクションから、「漫才はひろのさん、コントはわたし」というようなリーダー分担をするのはどうだろうという提案をした。
では、「となるとぎょんはなんの役割を担当するか?」であるが、これまでもぎょんになにかを担わせようとして拒絶される状態が続いているので、ぎょんは象徴としていてもらうことにするのはどうだろうという2つめの提案をした。
ぎょんにそれを受け入れてもらい、ぎょんはぎょんという担当としてこれからいてもらう事になった。
ここに到達するまで時間はかかったが、収まるところに収まったという感じがする。
次はインザロイドのネタ動画チャンネルについて。
今の我々が撮れる動画の環境的なクオリティの限界と、撮影にかけられるコストの限界、プライバシー保護の3つを同時にクリアする方法を思いついたので、動画サンプルを見てもらい感想をもらった。
好感触で、始めてもよいという話になった。
まだ微調整が必要だと思うのでこれは継続して検討を進める。
最後に次のライブで行う漫才のネタ作りの話。
今回はこれまでと方針を変え、ひろのさんにリーダーになってもらう。
先週から「ワンアイデアネタ」の作成にあたってその定義について調べていたのだが、結局わからず、その調査状況を聞いてもらい、ネタ案を見てもらった。
いきなりゼロの段階から煮詰まった雰囲気が出て結局時間切れとなった。
わたしが(めずらしく)定義を見つけられなかったことも要因だが、いきなり困ったことになった。
今日は1行のアイデアの段階だったのでいくつかある程度ネタを育てたうえで見てもらおうかと思う。
それで光が見えればいいのだが。
ところで、今日は場当たりの際にスタッフの方に話しかけてもらえた。
場当たりは後ろの組もいるのであまり話はできなかったが、我々の観測範囲内ではそのスタッフさんが「インザロイド」という存在を認知している唯一の人間なので、非常にありがたい。
一度目の認知についてはこの日記に記載している(2024/05/12(日))。今回も同じく非常にありがたいという気持ちになった。
ライブ直後にそのことをツイッターに記載しようと文面の推敲を相談していると、「そんなの内容はなんでもいいから」みたいな雰囲気が少し流れた。私はSNSが苦手で、他の二人がもっと苦手だから仕方なくツイッターをなんとか更新して苦しいながら存在をアピールしているというのに、と思った。
やはり、誰にも知られていない中で戦うというのが常に苦しい。何をするにもみんな初めはそうで、そのギャップを実力で超えていくと良いスパイラルに入っていくのであるが、変に大学での成功体験があるせいで、大学の頃と勝手が違いすぎることにいつも心が挫けそうになる。
今日のように認知されることもあるので、継続だけが唯一の薬ではあるのだが、こんなに苦しい趣味があってたまるかとも思う。ただ、なんのバイアスもかかっていない本当の評価を貰えるのは誰にも知られていない今だけだというメリットも有る。ただ研鑽するしかない。
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