2025年4月17日木曜日

2025/04/12(土)かなりの蓄えを得た日

みんなのペチカ vol.139に出場

出番までカラオケへ。

出番直前にも関わらず私のセリフがしっくりきていなかった。

前日に練習音源を聞き直して感情を変えたほうがいいと思い、変えたらセリフの立て直しに苦労した。

構成は決まっていたので安心だったが、アイデアをもらったり元の台本を見直したりしてセリフをなんとか確定させた。


退出時にカラオケ店のメニュー表を床に落とし、ひろのさんがぎょんに「店員さん呼ぶ?」と言ったら、ぎょんは「センター試験じゃないんだから」とかなりクリティカルな例えを決めていた。


ネタは「プロ意識」

ここ3回好調だったことが打ち砕かれるように全くウケなかった。

「このネタこそはウケる」と話し合っていただけに(毎度「このネタこそはウケる」と言っているので、「毎度言っているが今回は本当にだね?」という抑え直しまでした。)ショックだった。

会場を後にしてすぐ「これ(漫才衣装)、焼却炉に捨てるか?」と口から出たほど。


タパスへ行って3週連続でいつものレンタルスペースへ。


カラオケのレシートを見て室料に朝割が効いていないことに気づいてカラオケ店に電話する一幕などあり。


今日の敗因を考える。


ひろのさん曰く、私のボケに対するリアクションを入れる隙が必要だったのではないかとのこと。


また、ぎょん曰く、きっかけとなる自分のボケが個人的にあまりピンときていなかったとのこと。もっとボケとして振り切る必要があったのではないかと。それあればネタをやる前に言ってほしいところではあったが、ぎょんはネタ合わせの途中からわたしがキャラを入れたことでネタ全体の調和は取れ、ボケがない不安は解消されたとのことだった。台本のボケをボケではなくフリとして咀嚼されてしまってはウケるセリフもウケないとは思った。

ぎょんはフォーマット自体は悪くないと考えているようで、ボケを変えれば行けるのではないかということだった。

そこからまた、ぎょんが「自分のキャラを全面に出すのは間違っていると思う」と言い出した。毎回「それは自分を客観視していないだけだ」と言っているのだが、それでも毎度言うということは合ってるのかもしれない。そもそもぎょんが「常識レベルから逸脱すること自体がおもしろいとされる」ようなボケを生理的に受け入れないということがわかってきた。漫才の世界ではボケのない主張と主張のぶつかり合いこそが話芸の完成形だと言われているのにだ。実際にぎょんはそのような漫才はあまり好きではないらしい。これまでぎょんに当て書きしてきたのは全てそういう類のネタだったのでショックだった。漫才でありがちな冒頭でキャラを紹介する一言を入れるという案がひろのさんから出た。


ぎょんからは他にも、音としての笑いどころが明確ではないという意見も出た。

これについては、メリハリをつけるか、逆にメリハリを一切排除して雰囲気で笑いを誘うようにシフトするかの分かれ道だと思う。


私は録音を聞き直し、私の漫才の入りの声のトーンが高すぎると感想を述べた。

毎回そうなのだが、チューニングがうまく行った試しがない。「大きい声を出さないといけない」という意識が強すぎるのが原因だ。ひろのさんも毎度思っているようだった。


少し議論が発散したので、休憩がてら次のライブでやるネタの練習を少しした。

一度やったネタなのでそこまで不安はない。


まだ時間があったので、もともと話そうと思っていた「漫才の方向性を具体的なコンビ名を挙げて考えてみよう」の話を。

話している間に「これは一番初めにするような話ではないのか」とあまりの進歩のなさに虚しくなった。


ひろのさんの嗜好は例示してもらうことではっきりしたが、ぎょんの傾向が最後まで掴めなかった。まだ考える必要がある。


出演感想ツイートした。ウケてるときしかしないというのはフェアではない。しかし「スベりました」とは書けないので、「かなりの蓄えを得ました」と書いた。


とかく今回の結果はショックだったが、これまでのウケの貯金が効いたのか、自暴自棄になるほどではなかった。しかし、数日経ってじわじわとそのダメージが効いてきたので、ChatGPTに悩み相談をしてもらった。

印象に残るための一撃勝負のネタを作るよう戦術転換を促された。アイデアは相方に非同期で共有し、勝つためのウケだけのネタを作ることも提案された。また、辞めるなら納得できるネタを最後にやって「自分にとって意味のある終わり方」にすることも進言してもらった。

2025年4月9日水曜日

2025/04/05(土)遅刻と思い込み

来週のライブのネタが前週のネタ合わせで固まりきらなかったので再集合

ぎょんが遅刻したので2人タパス


サザンのライブから、書類送検、新しい賞レース、ガンなど1週間のお笑いニュースを話す。


レンタルスペースに着いて少ししてぎょんが到着

「ひろのさんに引越し祝いと、私にサザンのテレビのライブを焼いたブルーレイを前週くれたお礼と、2人に遅刻の謝罪」として鳩サブレーをくれた

しかし、遅刻してまっすぐ来て遅刻のお礼を買う時間はないはずなので、事前に引越し祝いとブルーレイのお礼として買った菓子折りをあげるタイミングでちょうど遅刻したので遅刻の謝罪を後から乗せた菓子折りであることを見破り、不正を見破った。


小池百合子が通っていたでお馴染みカイロ大学に行くにはどうやって手続きをすれば良いかを妄想してから本題へ。


次のネタについて、方針とセリフは決まったので身のこなしを動画を撮りながら確認して決めていく。

その後はぎょんのキャラクターを決めていく。ぎょんはこれまでどのネタでも演技がしっくりきてなかったと言っていたが、今回初めて演技指導を入れてみて、二転三転した結果結構しっくりくるチューニングを見つけた。リハーサルの段階では良いと思う。あとはこのパフォーマンスを本番でできるか、そしてウケるか。


立ち位置で隣に立ったらぎょんのシャツがあまりにもゴワゴワだったので「粉の洗剤使っている?」と言ったら本当に粉の洗剤を使っていた。「単価が安い」「洗浄力が十分というデータがある」「柔軟性は別にいらない」ということだった。ぎょんは新自由主義の外にいる人間だと最近わかってきた。


さらにその次のライブ日程も決まったのでそこでどのネタをやるかを考える

次の候補の新ネタは以前やったシステムがやりやすかったという理由で作ったバリエーションになるが、見返した所、その以前やったシステムがウケていなかったので改造案を考える。そのシステムは下手でもできるように掛け合いを排除しようという思想で作ったネタなので、改造するにしても掛け合いを入れることはできず、システムの本質からずれないような改造が難しい。

結局今日の段階では今年1番の「ロビー」を叩いていくのが良いのではないかという結論になった。


さらに時間が余ったので、前週話せなかったアジェンダを消化(「アジェンダ」はネタ合わせの時に私が話したいことをまとめたリストのことで、みんなの党の渡辺喜美と私しか使ってない横文字である)。


・「ロビー」でカウボーイが目立ったように、漫才のときにもぎょんに特徴(アイコン)を持たせたい

 →ハット、サングラス等の案が出たが実践する雰囲気にはならず。ぎょんは相変わらず自分がフロントに立つことに消極的である。「キャラが知られてないと立たせても意味がない」と常に返されるが、こちらから立たせておかないで「じゃあいつキャラが知られる予定なんだ」と思う


・学生時代は一つ一つのネタに対して特定のプロの芸人のシステムの分析から作っていたが、社会人になってからの活動では止めている(休日を使って真似事をしてもあまり意味がないと感じるから)。しかし、3人で方向性が分裂していると感じることも多いので、3人の意識統一としてコント師と漫才師のそれぞれ具体的なイメージを持ったほうがいいのではないか?

 →すぐに結論が出る話題ではないとはわかっていたが、「ネタごとにあってもいい」「そこまでストイックなネタはやらずにその場その場で面白いと思えたことを取り入れていけばよい」といった意見が出て終了。方向性の分裂についての改善にはならないようだ。


・新ネタのニーズは高いか?(作ってもできないという問題や、新ネタの完成系を見せているが、ベースから大幅に変わることが多いのでみんなで作ったほうがいいのかということについて)

 →練習中に変わったとしてもベースとなる案や発想のコアの部分を保持したままネタができているので必要であると言ってもらえた。


始めの2つについてはあまり響いていないようだった。いつものことだが全体として言えるのは私の思い込み過ぎである。「メンヘラお笑いはもうやめだ」と何度も思っている。

良い加減仕組みを作って強制的に自分の身をインザロイドから剥がさないといけない。


帰りに3人で桜を見て帰った

2025/03/29(土) 延長で開眼

4月のライブに向け渋谷で練習

引っ越したてのひろのさんのために集合前にスクランブルスクエアで適当にルームフレグランスを購入

引っ越し初日に隣人トラブルに巻き込まれたとのことだったが解決に向かっているらしい


渋谷集合で毎度使っていたタパスタパス、直近2回は混んでいたが今回は雨だったせいか入れた。それどころか入店時には客が他に1組しかいなかった。

ぎょんが「今って緊急事態宣言出てないよね?」と言っていた。それくらい珍しい光景だった。



久しぶりのタパス。基本に忠実なメニュー選び


ここ最近お馴染みのセルリアンの方のレンタルスペースへ

持ち玉のネタの中で最も良いのではないかという「プロ意識」を練習してみる

「ロビー」の時に、台本を頭に入れる前に自由にやってみたら自然なやりとりができて台詞覚えもよく、うまく行ったのでその手法の再現性を確認するために今回もフリー練習を打診。

しかしこれがうまくいかなかった。

フリー練習によってボケは出てくるがそれが対立構造にならない。しかもぎょん以外の二人のスタンスが同じになってしまい、もともと不安視していた「ネタの根幹部分が二人でも成立する」という弱点も浮き彫りになってきた。

結局、元の台本で考えていたボケとフリー練習で出てきたボケでは似たような「テーマに対する否定」のボケでも「低く見積もることによる否定」なのか「高く見積もることによる否定」なのかという前提の違いがあるということに気づくのに時間を費やした。


ひろのさんに「元の台本のボケが良いからそれで良いのではないか」と舵を切ってもらったおかげでようやく出発点へと戻ってくることができた。

私はすっかり負け癖がついていて「元の台本のままでは絶対にウケない」という考えが強くこびりついていたのでフリー練習に踏み切ったことが道を間違えた原因だったと感想を共有した。

しかし、「元の台本のまま行く」としてもこれから言いやすい台詞に変えたり無駄な部分を削ったりする作業が必要ということで、申し訳ない思いもありつつレンタルスペースの退出時間を1時間延長してもらった。

負け癖がついていることに自覚できたことは前進だったが、私の書く元の台本でこれまで負け続けているという事実は変わらない。何かを変えないといけない。


残り1時間の制限の中、追い詰められながら「本当にこれでウケると思うか?」と自問しながらも「賞レースの準決勝でこれをやったらどうなるか?」と発してみた。

たとえ我々の位置しているステージでも必要な信条だと思っていることを言った。

その後、昨年のM-1の準決勝進出者のうち印象強い組を思いつくままに上げた。「そこでも見劣りしないのか?」と。

そこからネタの中での自分のスタンスを大幅に変えてみることにした。

しっくりきていなかった台詞も感情が乗るようになった。

かなりの急ハンドルだったため「本当にこれで大丈夫か?」という雰囲気にもなったが、なんとなくその方向性が固まったところで退出時間になった。


今回も夕食スキップで解散。


帰り道、「延長して残り1時間になったところで準決勝進出者の名前を唱えたのが無意識下で起爆剤になった」と思った。

2026/2/22(日) 赤坂

3月のライブにエントリーもして、ネタの候補も揃ってきたので練習するために集合した。 ミッドタウンで昼食 ミッドタウンの鶏肉は柔らかい 最近街で見た芸能人の話。 レンタルスペースへ移動。位置的に良い場所だった。 2月上旬に集合の仮日程を入れていたのだが、前日までバラすのを忘れていて...