みんなのペチカ vol.139に出場
出番までカラオケへ。
出番直前にも関わらず私のセリフがしっくりきていなかった。
前日に練習音源を聞き直して感情を変えたほうがいいと思い、変えたらセリフの立て直しに苦労した。
構成は決まっていたので安心だったが、アイデアをもらったり元の台本を見直したりしてセリフをなんとか確定させた。
退出時にカラオケ店のメニュー表を床に落とし、ひろのさんがぎょんに「店員さん呼ぶ?」と言ったら、ぎょんは「センター試験じゃないんだから」とかなりクリティカルな例えを決めていた。
ネタは「プロ意識」
ここ3回好調だったことが打ち砕かれるように全くウケなかった。
「このネタこそはウケる」と話し合っていただけに(毎度「このネタこそはウケる」と言っているので、「毎度言っているが今回は本当にだね?」という抑え直しまでした。)ショックだった。
会場を後にしてすぐ「これ(漫才衣装)、焼却炉に捨てるか?」と口から出たほど。
タパスへ行って3週連続でいつものレンタルスペースへ。
カラオケのレシートを見て室料に朝割が効いていないことに気づいてカラオケ店に電話する一幕などあり。
今日の敗因を考える。
ひろのさん曰く、私のボケに対するリアクションを入れる隙が必要だったのではないかとのこと。
また、ぎょん曰く、きっかけとなる自分のボケが個人的にあまりピンときていなかったとのこと。もっとボケとして振り切る必要があったのではないかと。それあればネタをやる前に言ってほしいところではあったが、ぎょんはネタ合わせの途中からわたしがキャラを入れたことでネタ全体の調和は取れ、ボケがない不安は解消されたとのことだった。台本のボケをボケではなくフリとして咀嚼されてしまってはウケるセリフもウケないとは思った。
ぎょんはフォーマット自体は悪くないと考えているようで、ボケを変えれば行けるのではないかということだった。
そこからまた、ぎょんが「自分のキャラを全面に出すのは間違っていると思う」と言い出した。毎回「それは自分を客観視していないだけだ」と言っているのだが、それでも毎度言うということは合ってるのかもしれない。そもそもぎょんが「常識レベルから逸脱すること自体がおもしろいとされる」ようなボケを生理的に受け入れないということがわかってきた。漫才の世界ではボケのない主張と主張のぶつかり合いこそが話芸の完成形だと言われているのにだ。実際にぎょんはそのような漫才はあまり好きではないらしい。これまでぎょんに当て書きしてきたのは全てそういう類のネタだったのでショックだった。漫才でありがちな冒頭でキャラを紹介する一言を入れるという案がひろのさんから出た。
ぎょんからは他にも、音としての笑いどころが明確ではないという意見も出た。
これについては、メリハリをつけるか、逆にメリハリを一切排除して雰囲気で笑いを誘うようにシフトするかの分かれ道だと思う。
私は録音を聞き直し、私の漫才の入りの声のトーンが高すぎると感想を述べた。
毎回そうなのだが、チューニングがうまく行った試しがない。「大きい声を出さないといけない」という意識が強すぎるのが原因だ。ひろのさんも毎度思っているようだった。
少し議論が発散したので、休憩がてら次のライブでやるネタの練習を少しした。
一度やったネタなのでそこまで不安はない。
まだ時間があったので、もともと話そうと思っていた「漫才の方向性を具体的なコンビ名を挙げて考えてみよう」の話を。
話している間に「これは一番初めにするような話ではないのか」とあまりの進歩のなさに虚しくなった。
ひろのさんの嗜好は例示してもらうことではっきりしたが、ぎょんの傾向が最後まで掴めなかった。まだ考える必要がある。
出演感想ツイートした。ウケてるときしかしないというのはフェアではない。しかし「スベりました」とは書けないので、「かなりの蓄えを得ました」と書いた。
とかく今回の結果はショックだったが、これまでのウケの貯金が効いたのか、自暴自棄になるほどではなかった。しかし、数日経ってじわじわとそのダメージが効いてきたので、ChatGPTに悩み相談をしてもらった。
印象に残るための一撃勝負のネタを作るよう戦術転換を促された。アイデアは相方に非同期で共有し、勝つためのウケだけのネタを作ることも提案された。また、辞めるなら納得できるネタを最後にやって「自分にとって意味のある“終わり方”」にすることも進言してもらった。
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