お盆休み期間に次のネタの練習をしておこうと集合することに。
いつも通り渋谷のタパスタパスへ。
タパスタパスでは以前、3人でカルボナーラを3つ頼むという注文方法をしたところソースの配分が極端に偏っていたという一件があり、そのリベンジを実施した。
今回はソースの配分のバランスが良かった。
事件が起きたのが別の店舗だったので「組織風土全体の問題ではない」「つまりトップの責任はそこまで重くない」「該当店舗での定期的な追加調査で改善をチェックすることが必要だ」などと「カルボナーラ同時注文第三者委員会」の台詞を発しながらカルボナーラを食べた。
ぎょんがなぜかGoogleマップで交番のレビューページを開いていた。「これから出頭するのか?」「これから出頭する交番のレビューを調べているのか?」「『出頭時の対応が良くなかった』など書いてあるのか?」と質問攻めにされていた。
前日に予約していた渋谷でいつも使っているセルリアンタワー近くのレンタルスペースへ移動。
ここ最近は先約が入っていることが多く、久しぶりの利用となった。
わたしとぎょんはお盆休みだったのでそれぞれの過ごし方を話す。
わたしはニューヨークの単独ライブを見に行った話や、「以前池袋のレンタルスペースで冷蔵庫に未開封のチョコを入れたまま退出してしまい、レンタルスペースの利用規約に『ゴミを残した場合は罰金3万円』と書いてあったため3万円失うのではないかと思っていたら最終的に見逃してもらえたので、それを『3万円浮いた』と解釈し、2万円を使って初めてニューバランスのスニーカーを買った」といった話をした。
ぎょんは実家に帰った話から地元の有名人に終戦時の総理大臣の鈴木貫太郎がいるという話になり、鈴木貫太郎がA級戦犯になっていないことから「ぎょんには地元のA級戦犯がいない」という話の着陸を見せていた。
ネタ合わせ。
次回、8月末に行うコント。動画審査に出すために3分以内になるよう内容を縮め、前回収録した動画を見ながら修正作業。喉を酷使するネタなので練習回数がこなせない。そのため、1回練習したらその動画を見返すようにしたら、フィードバックがきちんと出来て少ない回数で良いところまで仕上がった。このネタに限らずこれからは練習→動画を見返すのサイクルをしっかりすべきだ。
喉を酷使するため事前に買っておいた「ボイスケアのど飴」を分け与えたが、ひろのさんはハーブ味が気に入らずギブアップしていた。そこまでクセの強い味ではなかったが、ひろのさんは食べられない味が多い。ボイスケアはセルフケアしてもらうことにした。
その次は更に9月に行う漫才も練習。
一度やったネタのリベンジのため、ウケなかったところを削り、根幹の部分は補強するような台詞を追加。全体の台詞が固まるところまでは出来上がった。こちらはまだ時間がある。あとは私が覚えるだけ。
あとは今後のスケジュールを確認。
バトルライブに出たり賞レースが予定されていたりすると「仮」の予定が多くなる。我々は一度も勝ったことがないから埋まる希望が薄いような予定がカレンダーにあると少し息苦しい感じがした。
話題を出し切り最後には少し時間が余った。珍しいことだった。更に先のネタをどうするか考えても良かったが、先すぎるせいかそんな雰囲気でもなく、大枠の活動方針の確認という雰囲気でもなかった。
今思い返せばネタ台本はたくさんあるので、「読むだけ読んでみる」というのをやるべきだったかと思う。
帰りに渋谷の井の頭線の高架下のダイソーでコントの小道具を見繕い解散した。
井の頭線の高架下のダイソーは想像以上に広かった。ぎょんは渋谷に来た時はたまに来ているらしい。
私から見たインザロイドのお二人は、最近はすっかりネタをやる上での相方としてはどうなんだろうかと思ってしまっている。正直私は友達として過ごしている時間に比べて楽しくない。それは結果が出ない、あるいは出た結果が私から見えなくなっているからであり、その場合はそう思っている私自身が行きたい方向へ引っ張らないといけないという解決策もわかっている。しかし長くやりすぎて考えが固定化されたせいか、あまり動けないでいる。
最近は「私がここから抜けたらどうなるだろう」と考える。私がここから抜けて、二人がめちゃくちゃ結果を出したら私はどう思うだろう。ほとんど嬉しいんだと思う。「結果が出ない原因を追求する」というこれまで行ってきた作業を継続した結果、私という原因を除去することで晴れて結果が出たのだから良い結末だと思う。そのときにどれだけ悔しい気持ちが湧き上がるのだろうか。
この日の出来事とは関係ないですが、HASAMI groupの新アルバムの解説ブログを読んで、自分の中で言語化さえされていなかったようなアマチュアであることの後ろめたさとか呪縛というような見えないバイアスが取り払われる感覚がありました(解説ブログ自体はそのような趣旨ではないので私が勝手に過剰に読み取っただけです)。