前回の投稿からしばらく空いたので、久しぶりに「前回の集合から今回の集合までの間に思ったことメモ」を載せます。
・今まで何度も「なんで辞めちゃうんだよ」って他人に対して思ってきたから、自分に対しては言いたくない。
・仕事中にお笑いのことでかなり落ち込んで休憩時間にChatGPTに相談した。チヤホヤされたいという邪念のせいで悩み苦しんでいるのではないか、SNSのフォロワーが増えないのは運用方法が悪いのではないか。「多くの人に届ける見せ方」をしないといけないのか。
ネタを書いている時間や練習中の時間や本番以外の関係のない時間でも1日に必ず一回は考え込む。
・坂元裕二が「作品が引き出しにしまわれてもそれは絶対に世界を構成する一部」と言っているのを見た。この言葉を頼りにすると思う。
https://x.com/linear_pcm0153/status/1912525406588354842
・「ウケることは目的ではない」と思い続けないといけない
・街裏ぴんくの単独を見に行って思ったこと。「確信」が大切。「次こうすればウケるんじゃないかな?」ではなく、「これを伝えたい」という「確信」が通っているべき。それがシャバくないネタだと思う。
・まず自分が、自分たちが、ワクワクして、つまり、見た人がワクワクするものじゃないといけない。
客だったらそう思う。ワクワクするものを見たい。ワクワクするものは本人がワクワクしている。
・今の若手に足りないのは告知と覇気
https://natalie.mu/owarai/column/626328
・noteの創作大賞に作品をあげた。
これまで淡々とネタ台本を投稿してきて特に誰にも見られていない(と思っている。noteのフォロワー22人というのは多いのだろうか?少ないのだろうか?少なくとも安定的に「スキ」を押されることはあまりなく、押されてもアフィリエイト記事を書いているような投稿者に押されていることが多い気がする。)のが悔しく、noteに関しては常に打開策を探している。
私の最古の投稿は6年前で、今まで何人かnoteにネタ台本を投稿している同志を見つけているが全員更新が途絶えている。継続しているのは観測範囲内で私だけ。それが本当に偉いと思う。でも誰にも評価されない。
数年前に「1年間、週1本のペースで台本を書く」と決めていた時期に、「1年間の最後の7週分は、単独ライブを想定した連作のネタを書こう」と決めて書いた7本がある。
学生時代に最後まで叶わなかった「単独ライブをやりたい」という夢に対して、「もし叶っていた場合に台本を揃えるスキルはあったのだろうか」という検証のための連作だった。
創作大賞に投稿した作品群としては、上記の7本のネタ台本の前後に、単独ライブ開催概要のプロローグと、連作の構造をバラすアンケート内容のエピローグを加えた構成の「読む単独ライブ」という作品にしよう、とひらめいて作成した。
note運用の経験上、とにかく「ネタ台本」は読んでもらえない。この世には「ネタ台本を読む」という娯楽の文化がないから当たり前だと思う。一方で、私はネタ台本を書くのが一番楽しいし向いている。ネタ台本を書くペースに対して実演するには社会人には時間が足りない。ということにずっと悩んでいる。この「読む単独ライブ」というアイデアを思いついたとき、「ネタ台本が読みやすくなり、台本だけを作成しても受け手に届き、この悩みが完全に解決する」と思えた。
創作大賞に際して、これまでのプライドを捨てて、とにかく見やすくなるように冒頭に概要を載せて、最後に「いいねください」なんて書いたりもしてアップした。
誰も見てない。
アップした瞬間にされた1いいねだけ。
1万7千文字あるから絶対最後まで見てない1いいねだけ。
本当に虚しくなる。
創作大賞はメディア化を目指す賞なのだが、メディア化なんて当然あり得ないとしても、もし、この投稿が今までで一番いいねがもらえるようなことがあれば、この「読む単独ライブ」作りを毎年ライフワークにやっていこうなんて思ったが、全て絵空事だった。
本当に悲しい。
・活動がうまく行かない(うまく行った記憶がなかったことに改ざんされてもいる)原因をメンバーにぶつける思考の負のスパイラルに入っている。