野宮です。
「ナイール」という名前で、「萩原ぎょん」「広野」という旧知の仲の3人で、コントや漫才をしています。
このブログでは、ライブ当日や、練習で集まった日についての日記を書きます。
2024/05/12(日)
藤四郎 へ出演した。
ご覧いただいた方がいたらありがとうございました。
アンケートもありがとうございます。大変うれしいです。
出番前に袖でスタッフの方に声をかけていただいた。
トリオ名を認知していただいているということで大変嬉しかった。出番前で緊張していて、十分に感謝が伝えられていないのではないかという心残りこそあるが、会話の出番前の緊張も和らぎ、大変助かった。
認知されているとなると「正気でいないといけない」という気持ちになる。腐っていることを表明すると「じゃあ応援してる私はなんなんだ」という作用が働くからだということがわかった。よく「一人でも応援してくれる人がいるなら…」みたいなことを言うが、初めて実感したかもしれない。
この日記も「クソッタレ」とか書いている場合ではない。この世にたった1人の無人島漂流記として日記を書くならそういう内容でもいいけど、そうではないのだから。
出番終わりに昼食を食べた。
新宿にはタパスタパスはないのでやよい軒へ。
ぎょんは初やよい軒とのことだった。
昼食後に反省会。
今回のネタ(内見)をやるのは3回目で、これまでの反省を踏まえたミスのないパフォーマンスができた。しかし、結果としては想定よりウケなかった。「回を追うごとにウケなくなっている」との評も出た。仮説が正しければ「台本が悪い」ということになりそうだ。
ひろのさんは自分のツッコミを気にしていた。私は、私が書いたツッコミ台詞がいわゆる「2個目のツッコミ」をしてるような気がする。そういったところが原因だろうか。
同じネタを3回やったがウケるところが毎回違う。今日はこれまでウケなかったところがウケた。
「台本が悪い」となると、学生時代にやった一番ウケたネタを実験的に舞台にかけてみるのは?という話になった。
しかし、やりたいことはわかるが貴重な一回のライブを「実験」のためだけに使うのは勿体無い気もする、となった。
帰り道で一人、「仮にその一番ウケたネタがウケたとしてどうなるんだろうか?」と考えた。
ウケた場合、まず「方向性は間違っていない」「あとはウケるネタを考えればいい」という自信にはつながるだろう。次のアクションとして、同じネタをやり続けるわけにもいかないので別のネタを考えないといけないが、「似たネタ」を作ることになる。その場合そのネタがウケる保証はあるのか?次はウケる原因を探す必要がある。
ウケなかった場合、台本以外の別のところに原因を探す作業をまた続けることになる。しかも、単に「そのネタとその回のライブの相性が悪い」可能性もあり、その場合は同じネタで複数回試行を重ねる必要がある。
そういった仮説の立て方の難しさも踏まえた上で、貴重な一回のライブを「実験」のためだけに使うのは勿体無い。
であれば、一番ウケたネタのウケた要因を分析し、同じパターンの新ネタを作って試してみた方がいいだろうか?でもその新ネタがウケなかった場合、プロセスのどこに原因があるかわからず、「やっぱり一番ウケたネタをそのままやらない限り納得できない」となるだろうか。
そんなことを考えていたら服部栄養専門学校の前まで来ていた。
【せっかく前向きな気持ちになったので、今回と前回のライブでいただいたアンケートの内容をフィードバックしておこうかと思う】
アンケートの文面をそのまま転載するのは良くなさそうなので、要旨だけ掻い摘んだ上で内容を少し改変して記載する。
「長尺のネタが見たい」
率直に嬉しい。「別のネタが見てみたい」は数ある褒め言葉の中でもかなり嬉しい。もしかしたら初めて言われたかもしれない。長尺のネタをやって許されるようになるにはかなりの実績を積まないといけないので、頑張らないといけない。
「オチが理解できなかった」
そこまで複雑なオチではないはずなのでこれは意外。中間部分を改造しすぎて、オチのフリの「私は一体どうすれば…」が唐突になりすぎたのかもしれない。
「ボケの異常性が強すぎる」
全くない視点だった。確かにボケ役はリアリティを欠いている。一般的にはリアリティを欠いていてもそこに説得力があれば世界観は成立するが、演技やキャラの背景に説得力が足りなかったのだろうと思う。
「営業マンの衣装が不完全なのが気になった」
全くもって同意。我々がライブにいい加減に取り組んでいる以外の何物でもないと思う。
「ツッコミの声が良かった」
ツッコミの声は良い。私がそれを活かす台詞を考えないといけないんです。


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